こんな「世界報道写真展2018」でした。

報道写真の展示会の感想を「Art/アート」カテゴリで投稿していいのかどうか一瞬躊躇しましたが、会場が東京都写真美術館でしたので、素直に「Art/アート」の一環として鑑賞してきた感想をまとめておこうと思います。

今年で61回目を迎えた『世界報道写真展』ですが、おもに2017年に撮影された報道写真を中心に、125の国と地域から4,548人のフォトグラファーが参加し、73,044点の応募の中から「現代社会の問題」「人々」など計8部門において22カ国42人の受賞作品が選ばれ、世界中で巡回展示されているものです。

主要な受賞写真は世界報道写真財団のサイトや、財団とともに日本での写真展を主催する朝日新聞社のサイトで確認できます。

今回の大賞は、昨年5月に起きた「ベネズエラ大統領に抗議するデモ隊と機動隊が激しく衝突し、その中で起きたバイクの燃料タンク爆発が引火して、火だるまになりながら逃げるデモ参加者」を撮影した、ロナルド・シュミットさんの写真でした。

このことからも分かるように、受賞写真の多くは世界各国の「政情不安」「民族紛争」「テロリズム」「人権蹂躙」「貧困」「難民」「環境破壊」を題材としたもので、鑑賞しているうちに、いやでも「物騒な世界のありよう」を実感することができます。

ただ、「国家間の戦争の写真」とかであれば、戦闘機や戦車、軍人など「分かりやすい被写体」が中心になったりするのでしょうが、「国内紛争」とか「テロ」とかになると(語弊がありますけど)ビジュアルが地味だったり、パネル写真の横に掲示された解説文を読まないと「この写真のどこに報道価値があるのか」が分かりにくいものも少なくありませんでした。

例えば、「人々の部 組写真1位」となったアダム・ファーガソンさんの写真には、頭からキレイな布を覆って顔を隠した少女の肖像が写っていました。

それはそれは美しい構図と色合いの写真なのですが、添えられている以下のような解説文を読むと、そんなノンキな感想は一気に吹っ飛びました。

ナイジェリアで「ボコ・ハラム」と呼ばれるイスラム過激派の戦闘員に誘拐され、爆発物を体に縛りつけられて自爆テロをするよう命じられたが、なんとか逃げ出して助けを得ることができた少女たち。

なんとも、絶望的な状況です。。。

さらに、同じく「人々の部 組写真」で3位となったタチアナ・ヴィノグラドヴァさんの写真には、ソファに横たわったオールヌードの若い(ただしあまり健康的な肉体とは言いがたい)女性たちが写っていました。

解説文によると、

ロシア・サンクトペテルブルクのセックスワーカーたち。

あるNGOの調べによればロシア国内のセックスワーカーの数は300万人に迫り、サンクトペテルブルクだけでも5万人を超えると推定されている。

ロシア経済の衰退によって、それまで企業や教育機関に勤めていた女性さえも失業し、こういう仕事に就くケースが増加中。

なのだそうです。

これまた、シンドすぎる現実を切り取った写真だったのでした。

冒頭に紹介した大賞写真のように「火だるまになって逃げるデモ参加者」であれば、一瞥しただけで「うわぁ、ひどい」となるのですが、解説文を読まないと「アート」と勘違いしそうな写真も結構あるので、これまた語弊がありますが「一瞬を切り取った写真が持つ、ある種の美しさ」と「その解説文が伝える過酷な現実」のギャップに、正直、軽いめまいを覚えました。

世界中のフォトジャーナリストたちが撮影し、報道写真の専門家たちが審査した上で選ばれた写真ばかりですから、そのすべてに、撮影した人間の問題意識報道価値があるんだと思いますが、それにキャッチアップしていくためには、それなりの気構えが求められますし、あわせて鑑賞後の疲労感も覚悟しておいたほうがよいことも申し添えておきたいと思います。

そんな中、日本に住んでいる私としては、撮影者の「問題意識」やその「報道価値」にキャッチアップしきれなかった写真もありました。

それは「自然の部 組写真2位」となった、オランダのヤスパー・ドゥーストさんが撮影したニホンザルの写真です。

「スノーモンキー」の呼び名で広く知られるニホンザルは近年、人間にすっかり慣れてしまった。ニホンザルは1947年に保護獣に指定されているが、一部の地域ではサルを飼いならし興行目的のため訓練することが法律で認められている

という解説文とともに、「日光さる軍団でトレーナーのやすしと一緒に映るニホンザルのひろし」とか「宇都宮の居酒屋『かやぶき』でトランプ大統領のマスクを被って(被らされて)演技しながら客をもてなすニホンザル」などの写真が展示されていました。

いずれも日本において、何度かテレビなどで(好意的に)紹介されていたのを記憶していますが、改めて「報道写真」として展示されているのを見ると、これらが「自然への過度な介入」とか「動物虐待」という文脈によって報道価値を認められたことが容易に想像できるものでした。

これが、軽快な音楽を伴った動画であれば、単純な私などはまた違う印象を抱くのでしょうが、物憂げな表情を浮かべた一瞬を切り取った写真を突きつけられると「『クジラに飽き足らず、ニホンザルまでイジメる日本』という海外からのバッシング」が容易に想像できてしまいますし、それが「報道写真」であれば、なおさらだと思います。

※ちなみに、財団の公式サイトには、ヤスパー・ドゥーストさんが撮った組写真の(おそらく)全てが掲載されており、ことさら虐待を連想させないショットもいくつかありますので、ぜひご自身の目でご覧下さい。

個人的には、日光さる軍団をわざわざ見に行きたいとも思いませんし、居酒屋でニホンザルに接待されるのはちょっと不潔な感じがして抵抗があったりはしますが、「人間にすっかり慣れてしまったサル」「興行目的でサルを訓練するのは合法」という解説文がセットになっている写真を見るにつけ、なんとも居心地が悪くなったのも事実であります。

まぁ、人間にはそれぞれいろんな「問題意識」がありますし、「報道価値」のベクトルも千差万別だとは思いますが、「これが自然の部 組写真2位だっつうけど、他にもっと大事な写真ってなかったの?」というのが私の偽らざる問題意識だったりします。

さらにぶっちゃければ、「火だるまの人」や「自爆テロにされかけた少女」や「売春に身をやつす女性」などを伝える写真に「大賞・1位・2位」などと順位付けする必要があるのか、という気もします。

7万点以上の応募写真全てを展示するわけにもいかないでしょうから、審査で篩(ふるい)にかけるのはアリだとしても、「展示対象に値するかどうか」という二択だけの仕分けでも、このイベントの趣旨には十分そえるんじゃないかと思った次第です。

【余談】

さらによけいなことを書きますが、前述の「居酒屋で客をもてなすニホンザルの写真」ですけど、彼(彼女?)が「トランプ大統領のマスク」を被っていなければ、入賞することはなかったんじゃないかと邪推しておりますが、いかがなもんでしょうか。