こんな「ジュリーのドタキャン」でした。

1970年代後半から80年代前半にかけて、大ヒットを連発した沢田研二さんはの曲は、当時中高生だった私もよく聴いていました。

当時のテレビ音楽番組は、現在のそれとは全く違い、ヒットしている同じ曲が、いろんな局で、何週にも渡って繰り返し歌唱・演奏されていたため、レコードセールスの規模以上に世の中に広く深く浸透・記憶されるという結果につながっていました。

そんな、テレビと歌謡曲が蜜月だった時代の象徴が、私にとっては沢田研二さん、すなわちジュリーだったりします。

で、そのジュリー、10月17日のさいたまスーパーアリーナでのライブを当日の開場直前になってキャンセルしたことがニュースになっています。

メディアに対して本人が語ったキャンセルの理由は、

9,000人入ると聞いていた観客が、実際には7,000人だった。

客席の一部エリアが死角でもないのにつぶされていた。

リハーサル前にモニターを見て『なんだこれ』と思った。

もちろん自分の実力不足はある。

しかし事務所やイベンターには『集客で苦労してるなら言ってくれ』『ライブをやるならいっぱいにしてくれ』といつも言っている。

その約束が守られなかったため、自ら中止を決断した。

ということだそうで、同時に、

決断はアーティストとしての『意地』だ。

足を運んでくれたファンには心からお詫びする。

とも語ったそうです。

私が仮に事務所やイベンターの立場だったとしたら、もう生きた心地もしない事態だと思いますが、「アーティストのわがまま」を「ファンがどこまで許容できるか」のバランス関係によって、今後落ち着くところに落ち着いていく話だと思いますから、いかにジュリーの外見が往年の頃から激変し、そのギャップに話題性を見出したとしても、これ以上テレビやスポーツ紙などが面白がって追い回さなくてもいいんじゃないでしょうか。

例えば、今回の報道を受けて、

さいたまスーパーアリーナ9,000人というキャパ自体が、今のジュリーには大きすぎたのでは?」

という声も聞かれますけど、次の公演会場(大阪狭山市のSAYAKAホール 大ホール)の最大収容可能人数が1,208名であることから見ても、各地の人口規模やファン構成、さらには過去の動員実績などを参考にして合理的に会場を選んでいるのは明らかなんじゃないかと考えます。

よって、当アリーナの最大キャパである37,000席分ではなく、当初から9,000人という予定数をかかげ、広すぎるスペースは可動設備で調整することにして集客を始めたものの、結果的に7,000人にとどまった(というか、7,000人でも十分スゴいですけど)のだとしたら、「今のジュリーには大きすぎるキャパだった」とは言い切れないんじゃないでしょうか。

しかも今回のキャンセルが、チケットを買った7,000人のファンから(レベルの大小はあれ)許されるのだとすれば、ジュリーは本当に幸せなアーティストだと言うほかありません。

また、今朝のスポーツ紙の中には、今回ジュリーが開いている古稀公演ツアー『沢田研二 70 YEARS LIVE “OLD GUYS ROCK”』(全66公演について、

「(終了分も含め)首都圏近郊で20公演も組まれているなど、そもそも公演数が今のジュリーには多すぎでは?」

という業界関係者のコメントが載っているそうです。(今度は人数ではなく、公演数というわけですね)

しかし、ライブ・セットリスト情報サイト「Live Fans」によると、2008年のツアー『沢田研二 LIVE 2008 還暦だぞ!! ROCK’N ROLL MARCH』でも全38公演が実施されています。

また、昨年から今年にかけて行われた『沢田研二 50周年記念LIVE 2017~2018』でも、今回と同様66公演が実施されており、首都圏近郊だけで見ても「NHKホールが4公演のほか、東京国際フォーラム・パシフィコ横浜・大田区・江東区・習志野・八王子・町田・大宮・横須賀・加須・相模大野・飯能・松戸・多摩・川口・武蔵野」で開催されていたようです。(←公演数・開催地ともに目算)

つまりジュリーにとっては、このぐらいの公演数は未知数でもなんでもなく、前回の興行実績を踏まえた上で今回のツアー規模が決められたということが容易に想像できます。

「普通は、首都圏で、大小のホールを取り混ぜてこんなたくさんのライブをやったりしないけど、ファンを信じ、思い切って興行を打つ」

「その規模が大きすぎたのであれば、次回以降は縮小してみる」

「当日集客数が少なすぎてドタキャンしても、ファンに愛想をつかされない自信がある。あるいは愛想をつかされる覚悟でドタキャンする」

など、アーティスト自身が責任を取ってやる分には、好きにしていただいてよろしいのではないかと思います。

ちなみに、今回の古稀公演、ジュリー以外に登場するのはギタリスト1人だけ。

すなわちギター伴奏だけで歌うスタイルをとっているそうです。

加えて、先ほど紹介した「Live Fans」に載っている当ツアーの会場別セットリスト(演奏曲一覧)を見ると、往年のヒット曲は2・3曲程度しか歌っていないようでして、「知っている曲は2・3曲。おまけに伴奏はギターだけ」であることに違和感を表明するレビュー記事も複数掲載されていました。

これに関しては、こちらのレビュー記事によると、

「『ギタリストと二人で“やんちゃな音”を追求する今回のライブ』は、これまで10年以上も構想してきたもので、ようやくやれた。

古稀になって好きなことやらなくてどうする」

と、ジュリー本人真駒内公演中のMCで語ったそうですから、演奏形態・選曲含め、本人がやりたいことを、やりたいようにやっているのだと思われます。

ついでに言うと、昨年の『50周年ライブ』は、50周年にちなみ、「ヒット曲から最新曲まで、まんべんなく50曲を、フルバンドで、ただし1コーラスだけ歌う」というスタイルだったそうです。

その分、「大ヒットした数曲だけでもフルコーラス歌って欲しかった」とか「今回が1コーラスだけだから、2018年の古稀公演には思い切り期待しちゃうわっ!」などの想いを抱いたファンもいたかもしれません。

しかし、いざフタを開けてみたら「ギター伴奏だけで、知らない曲をたっぷり聴かせる」のが今回の古稀公演ツアーだったわけです。

さすがは、ジュリーです。

アーティストとしてやりたいことをやりたいようにやり、場合によってはドタキャンすら厭わないというこの姿勢、誰にでも真似できるものじゃありません。

メタボ体型とか白髪とか、今さら知ったことか」みたいなところも、むしろ大物の風格が漂いますし、好感が持てます。

確かに、かなりルックスは変わりましたが、ジュリーは今だに往年のヒット曲を、当時のキーのままで艶やかに歌うんだそうです。

すばらしいではありませんか。

このわがままなアーティスト人生がどこまで貫けるのか、今後もぜひ挑戦を続けていただきたいものです。

仕事として関わりたくはありませんが、見届けたいとは思いますので。