思考プロセスのあちこちに散らばっている論争のタネ。

  • まず、(自分から遠い場所で)「Aという現象が起きた」とします。
    • ここで既に「現に入院患者が増えている」「そういう噂が聞こえてきただけ」という認識の違いが起きたりします。

  • Aとは何か?
    • ここでも「得体の知れない肺炎」と「季節性の肺炎」みたいに意見が割れたりもします。

  • なぜAが起きたのか?
    • 科学的な解析と同時に「発生源の近くで意図的に云々」の様な“陰謀論”めいた言説も登場します。

  • Aが起きると、どうなるか?
    • 科学的・合理的な解明が十分でない初期段階では特に「深刻なケース」と「楽観な見通し」がぶつかったりします。

  • (自分の身の回りで)Aは起きるのか?
    • 当然、「起きる・起きない」の意見が両方登場しますし、「大規模に起きかねない」から「ほどほどに起きる → 起きても何の支障もない → 起きない」までのグラデーションも生じます。

  • Aが起きないようにするため、何をするか?
    • 事前の予防策に相当する部分ですが、ここよりも手前のプロセスで既に見解が大きく異なる人間同士が会話すると、このあたりの具体案の議論は、徐々に噛み合わなくなってきます。

  • ついに、(身の回りで)Aが起きたのでは?
    • たとえ「検査結果で陽性者が出た」としても、「いや、それは国内での発生ではなく、停泊しているクルーズ船内で発生したのだから、国内発生分としてカウントするのはおかしい」というような、今になってみれば“どうでもいい瑣末な議論”とも思える展開が起きたりします。

  • Aが増えてきたのでは?
    • ここでも「増加カーブは諸外国に比べて極めて緩やか。まだまだ初期段階」とか「そもそもこっちの医療体制は優れているので医療崩壊も起きないし、重症者・死亡者も増えない」という意見と「そもそも検査数が不十分な中でこのくらい増加しているのだから、ホントはもっと感染者は多いはず」という意見がぶつかっていた(今でもぶつかっている)ように思います。

  • Aの対処として、何をするか?
    • そもそも識者と呼ばれるような方々の間でも「大胆に実行する必要あり」「この程度のレベルでいい」「その方法はむしろ間違い。ホントはこっち」「もはやその方法は手遅れ」など、実に多彩な意見が噴出してくるため、一般国民は混乱したり不安になったります。(それでも“自分にやれそうなことを、やれる範囲でがんばってみる”善良な国民は少なくないと思いますが)」

  • Aの次に、新たな問題「B」が起きるのでは?
    • 「Aの対処が不十分だからBが起きる(長引く)」という人もいれば、「Aの対処をやり過ぎるからこそBが起きる(長引く)」という人もいます。さらには「Aの後に、少なからずBが起きるのは当然かつ必然」と達観するような人もいるんじゃないでしょうか。

  • そもそもAはいつまで続くのか?
    • 今回の新型コロナウィルス に関して言えば「有効なワクチン」と「特効薬とまではいかなくても、かなり効き目のいい治療薬」が開発・普及し、全世界的に多くの人が抗体を持ち、感染しても治せる状態を作ることなんだと思います。
    • それまでは、医療崩壊を防ぎつつ基礎疾患者や高齢者を中心にケアするぐらいしかないと思います。
    • 一方で、「集団免疫を獲得するためには、国民の7割ぐらいが抗体を持つ必要がある。既に無症状の感染者がたくさんいるハズなので、それをPCR検査でバンバン見つけ出すと、ホテルなどの収容施設なんて、いくら新規確保しても足りなくなる」とおっしゃる方もいます。
    • そうなると、「感染・発症しても家で寝てるしかない → まともな治療を受ける前に急速に重症化する → 不幸にして命を落とす人(特に高齢者)が増える」という、実に不幸な形で集団免疫を獲得することになるのかも知れません。

  • この先、Aはどうなるのか?
    • 楽観論と悲観論のどちらもありますけれど、期間や第二波の発生を別にすれば、いずれは収束(終息)するでしょう。(この程度なら、ど素人の私でも断言できますw)
    • ただ、かなり初期の段階からメディアでコメントする“専門家”の中には「中国では感染者の8割が軽症で済んでます」と言いながら冷静になるよう呼びかける方がいらっしゃいましたから、「ってことは感染したら2割ぐらいの人は重症になるってことじゃん。しかも高熱が続くだけじゃ軽症扱いらしいじゃん。人工呼吸器付けるところまでいって初めて重症者らしいじゃん。そんな重症者が2割も出るなんて…」とむしろ不安に思った人も多かったんじゃないでしょうか。
    • 少なくとも専門家が「人との接触を8割減らして」と提言したのに、政府が発表する段で「最低7割、極力8割」とディスカウントするのであれば、その根拠も同時に示していただかないと、受け止める側の無用な不安は避けられないのではないかと思います。
      (その上で「そもそも専門家が言う『8割』の根拠だってどうなのさ?」と議論するのであれば、まだ健全なような気がします)」
       
  • そして、冒頭へ戻る。
    • 問題「A」が、新たに生じる問題「B」に置き換わり、「B」も「C」に置き換わりながら、本文1行目に戻り、以下ループ。

 

ここ数ヶ月、メディアやネットで散見する議論って、大体こういう感じかと思いますし、各プロセスの意見のそれぞれに「それなりの(それっぽく聞こえる)理由や根拠」がついて来ますので、聞いていて混乱したり不安になったりする人々が増えても、しょうがないかも、と考えている今日この頃です。

 

以上を乱暴に要約しますと…、

「そうなったら大変なので、その前にこうしなくちゃ!」vs「そうなったら、こういう方法をとればいいんだよ」(事前 vs 事後)

「そこまでやるべき」vs「そこまでやれない」(理想 vs 現実)

が“がっぷり四つ”になっているのが現状なのかと思われます。

 

そういう「言論相撲」の観戦はほどほどにしながら、少なくとも「Aは起きないし起きてもいない。起きても自分には影響しないので対処もしない。Bへの影響の方が困るから行動を変えない。そもそもどうなっても自分には関係ない」みたいな気分に陥らないように注意したいものです。