血尿が出た。

数回前の『太ってきた。』に続く“超ストレートなタイトルによる健康ネタ”の第2弾ですが、状況はこちらのほうが圧倒的に深刻かと思われます。

 

年明け頃からしばしば「なんかオシッコがいつもより赤いなぁ」と感じることがあったのですが、特に痛みも熱も感じませんでしたし、血尿自体も長続きしないのでそれほど気に留めることはありませんでした。

しかしつい先日、かなり赤い血尿が出たため、さすがに心配になり、いろいろとググってみたところ、悪いケースだと「膀胱などの悪性腫瘍」、すわなち膀胱がんすら疑われるような症状であることが分かり、慌てて近所の泌尿器科クリニックへ向かった次第です。

 

クリニックでは、採尿、採血、超音波(エコー)検査をやっていただき、その場でドクターから以下のようなことを教えていただきました。

  • 採尿したオシッコには、肉眼では色がついているようには見えないが、やはり血(赤血球)は多めに含まれていた。
  • エコー検査で見ると、腎臓には結石もなくきれいな状態。ただしそのぶん“悪い病気”を疑うことにもなる。
  • 膀胱・前立腺にも、エコーで見る限り問題はなさそう。ただし、採尿によって今は膀胱がしぼんでおり、異常箇所があっても見つけにくい状態なので、次回は尿を溜めたままで再度エコー検査する。
  • いずれにせよ、体に痛みなどがないのに目で見て分かるような赤いオシッコ(=無症候性肉眼的血尿)が出ているので、悪い病気も疑わざるを得ない。
  • 特に50代以降の男性では膀胱がんのリスクが高まるから注意を要する。
  • 来週になれば尿や血液の詳細な検査結果も出るから、また来るように。

とのことで、どうやら血尿はかなり深刻に捉えるべき症状のようなのです。

 

初回の血尿時、私が比較的冷静でいられたのは、昔観た映画『ミンボーの女』の影響かと思われます。

その映画の中で「ヤクザ対策の仕事を任され、そのストレスのあまり血尿を出し、便器の前で我が身の不遇を嘆くホテル従業員」というシーンが描かれ、それが強烈な印象として残っておりまして、そこを起点に「血尿=ストレス性・一過性」という私の誤った思い込みが出来上がっていったと推察しています。

だからといって、私の血尿の責任がこの映画にあるはずがありません。
それに、私はサラリーマン時代に比べてストレスのレベルが大幅に低下した生活を送ってきているわけですから、「ヤクザの圧を受け続けて血のションベンを流す」描写と「自分の血尿」を同一視すること自体がナンセンスなのです。(そもそも、向こうはフィクションですし…w)

 

とはいえ、昨今は“働き方改革”の時代でもありますから、企業経営者の方々が「がむしゃらに努力する」ことの喩えとして「血のションベンを流す」という表現を使う(使ってきた)風潮だけは、そろそろ見直したほうがいいのかもしれません。

例えば、こちらでは王将フードサービスさんの前社長が2011年に使ってらっしゃいますし、取り上げている媒体さんもそれを好意的に受け止めている感じすらあります。↓

 

さらに、あの松下幸之助さんも、松下(現・パナソニック)系列の家電販売会社の社長らを集めた懇親会で、「松下製品が売れない」と不満を叫ぶ出席者たちに、かつてこうおっしゃったのだとか。↓

 

まぁ、“言葉狩り”につながりかねないのでホドホドにしておきますが、改めて振り返ると「脳味噌が腐るような歌声」とか「鼻がもげそうな匂い」とか「死物狂いで働く」とか「死ぬほど笑った」などなど、「極度に・とんでもなく・めちゃくちゃに」という状態をあらわす慣用表現として、“肉体的な健康を損なう”ような言い回しが少なからず流通していることに気づかされます。

そんな自分も、リアルに「血のションベン」を流してからこんなことをグダグダ書いているわけでして、まだまだ未熟だと言わざるを得ません。

 

 

【余談】

ヘソよりも下に位置する膀胱を超音波(エコー)検査する際に、ドクターは「ギリギリまでずらしますね」と言いながら私の下着をズリ下げてくださいました。

パンツのゴムの位置が移動するのを表皮で感じながらも、「何の、どの部分が隠れていれば『ギリギリセーフ』なんだろう? どこまで露出すると『ギリギリアウト』になるんだろう? 根元? それとも先っちょ?」などと考えてしまった私は、実は変態なのかもしれません。
(露出癖とかは特にないんですけどね…)