罪と罰【小室哲哉氏の不倫報道余波】

音楽プロデューサーの小室哲哉さんが、女性との不倫疑惑をめぐる週刊文春の報道を受け、「騒動のけじめをつけたい」として、芸能活動から引退することを19日の記者会見で発表しました。

1時間40分にも及んだこの記者会見ですが、ニュースやスポーツ紙などではダイジェスト的に報道されています。

会見が長かったので、要旨だけがかい摘まれて報道されること自体はしょうがないとは思いますが、どうもここまでのスポットの当て方は「不倫(疑惑)という罪」と「引退という罰」がどうバランスしているのか? 釣り合っているのか? という部分に集中している印象があります。

「不倫をしたからといって、何も引退することはない」という、いわば小室擁護派。

一方、「病気の妻を裏切った小室の罪は重い。ましてや引退にかこつけて妻の病状を公にするなど、二重の罪を犯すに等しい」という小室批判派。

結論は違いますが、どちらも議論の土台が「不倫をどの程度の罪と考えるか」という点で共通しています。

そこに私などは、違和感を覚えます。まぁ、もっと率直に言うとその共通っぷりが気持ち悪いです。

22日のテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』において、月曜コメンテーターの住田裕子さん(弁護士です)が、「不倫は罪か?違法か?」について端的に整理されていました。

  • ちなみに、不倫とか浮気というのは一般的な表現であって、法的な表現としては「不貞行為」ということになるんだそうです。
  • さらに、「デートする」「食事する」「キスする」だけでは不貞行為とは言わないそうで、法律(民法)上では「不貞行為=性的な肉体関係」を指すらしいです。(いずれも私調べ)

その上で住田氏は、

不倫は不貞行為として夫婦間では違法行為になって、離婚も損害賠償もできます。一方、夫婦間以外ではプライベートな問題となります

とコメントしていました。

つまり、「不倫した・浮気した・配偶者以外の人とヤった」的な話で違法性を問えるのは当事者夫婦間だけであって、それ以外の人間にとっては口を出せる筋合いのことではない」ということなのでしょう。

このテの話だと、決まって「著名人がプライベートなことまで報道されるのは、ある種の有名税なのだから(しかたない)」という意見を聞きます。

ところが今回、小室さんは「不倫疑惑を報じられて釈明する」という有名税にとどまらず、「自分や妻の病状、妻以外の家族との関係、創作活動における能力や意欲の停滞・枯渇」などの“追徴金”を、自ら進んで納税してしまいました。

その罰の与えぶりがどの程度のものだったかは、「不倫と引退」にだけ軸足を置いて報道するメディアからではうかがい知ることはできませんが、『logme(ログミー)』という各種スピーチの書き起こしサイトで今回の記者会見の全文(質疑応答含む)を採録しているので、小室さんの思いのほぼ全容が分かります。

私も読んでみましたが、そこには「不倫と引退」に至るまでの背景・経過・環境や感情の変化までをも含んだ小室さんのナイーブな心情が吐露されていると感じさせるものだったと思います。

キーワード的にチョイスしても…

  • 家族の介護や、介護疲れ。
  • 悪化する一方の妻の病状。
  • 自らの健康問題。
  • 社会におけるブームと流行。
  • 能力・意欲の枯渇。
  • ヒットの定義。
  • 愛の定義。
  • 理想的な勇退とは。

などなど、「不倫がバレたから、引退して責任とりま〜す」をはるかに超えた、稀代のヒットメーカーの「全人生的・全人格的な苦悩と決断」が語られています。

これまでに1曲でも小室さんが作った音楽に心を動かされた人は、誰かがダイジェストした会見要旨ではなく、この全文を一読してみて損はないかと。

断片的にではありますが、私が注目した発言をいくつかピックアップして今回は終わろうかと思います。(←なんだかんだ言って、テメーもダイジェストかよ。w)

※カッコ内は、私が入れた注釈です。

不倫相手とされるA子さんへの依存が強まっていく過程の説明で。

(自分(←小室氏)の体調を妻に)わかってもらいたいんだけど、わかってもらえない。聞いてもらいたいんだけど、聞いてもらえないわけでないんですけど。聞いてはくれるんですけど、「理解をしてもらっているのかな?」と思う妻。ピアノのフレーズをちょっと弾いても、30秒も聞くのがもたないくらいの妻、奥さん。

体調や生活環境が、創作活動に与える影響について。

僕の今のようなふらついた考え、自信のない考え、芳しくない体調。そういうことでのネガティブ、否定的というか、あまり明るくない、こういった状況みたいのが、そういった自分が作った曲に影響がいってしまうのは、一番僕が望んでいない、今の中で僕が一番望んでいないことです。そういった恐怖観念もあり…(以下略)

「能力の自己評価」と「世間からの評判」。

枯渇していっている能力、自分でも飽きてきている、みなさんも飽きてきているという、そういった認識の甘さだったりとか。そういうことから約20年経っているので、お騒がせした今回の意味も含めて、そこそこの時期が過ぎたのかなぁと思っています。

妻への愛と「離婚」の可能性。

女性というよりも今の「子どものような」KEIKOのほうが愛は深くなっています。愛情という意味では。今、僕の頭の中ではそういった大人の言葉(←「離婚」という言葉だと思われます)は浮かんでこないです。

作詞ということでの「愛」という言葉を使うことは多いんですけれども、あまりにもちょっと広すぎて。例えばですけど、KEIKOの最初の時にも、恋愛感情ではなかった。globeというヴォーカリストとしての愛情だったと思いますし。結婚してからは、恋愛感情というか、そういったものの時期も当然あったと思いますし。病気になってからは、そういった愛情ではなくて、無償の愛という言い方なのかわかりませんけど。なにがどうあれ、「愛おしいな」とかっていうような愛情だったり、愛という1つの文字でも、(対象が)1人の人でもそれだけあるので、この短い期間でちょっと限定するのは難しいです。ごめんなさい。

小室氏が考える罪と罰のバランス。(2008年の「自らの楽曲の著作権をめぐる詐欺容疑で逮捕され、有罪判決を受けた事件」をふまえて)

「非常に大変なことをしたな」「恐ろしいな」「怖いな」という。やっぱり罪というのは。僕の場合はそれなりに普段の生活ができましたけれども、「償いはしなければいけないんだなぁ」という思いが。やっぱり、ほかの方よりはちょっと強すぎるのかなと思います。

なにかいけないことをしてしまった、お騒がせしてしまったときには最大限の自分ができることをしなきゃいけないのかなぁというところが重なってしまっているので。僕の中の最大の結論になっちゃったのかなぁと思います。ちょっと稀だと思います。そういう意味では。

ヒットを測る指標が見出しにくい世の中だけど、期待には応えたい。

今は枚数ではないんですが、それと同じようなものを比較というものが、なにかこの時代まだ定まっていないので、なにをもってミリオンセラーというようなことを言うという数字が定まっていない時代に、そこにさまよって模索するというのが難しいんですけど。先ほども言いましたように、今、「まだやれよ」と期待をしていただいている方の制作に関しては、随時対応していこうと思っています。

「最も幸せだったのは? 最もつらかったのは?」と問われて。

90年代のいろいろな方が歌ってくれたヒット曲が、みんなが楽しんでくれている姿を垣間見ることがたぶん一番幸せだったと思います。一番つらいのは、今日です。

勇退の理想形。予感された今日の姿。

誕生日であったりとかで、何日をもって、例えばライブをやってとか、そういう計画を立てて楽しく勇退みたいなことができる環境だったら「悔いなし」という言葉を心から言えたのなぁと思いますが。遅かれ早かれという気持ちが精一杯ですかね。今は。遅かれ早かれ、こういう女々しいというか涙ぐんでいるような、こういった顔を見せる日は来るのかなぁとは思っていました。

そして、最も驚いたのが、A子さんとの関係を問いただした記者とのやりとりでした。

記者「精神的な支えといったこともあったんですか?」

小室氏「かなりありました。本当にお恥ずかしい話ですが、5年、6年というところで男性としての、ふつうの男性としての能力というのがなくて、精神的な支えが必要だったと思います」

公衆の面前で「性的不能をカミングアウト」してまで、まるでリストカットでもするかのように、自らを罰する小室さん。とても繊細かつ実直な人なんでしょうね…。

「引退までしなくても」などと妻や家族以外の第三者があれこれ言うのは勝手ですが、小室さんの中で多少なりとも「罪と罰の天秤」を釣り合わすことができたのでしょうから、外野席としてはお疲れさまでしたと言いながら、H Jungle with tの『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』でも聴き直してみる以外にありません。

そういえば。

22日の『羽鳥慎一モーニングショー』では、今回のスクープをつかんだ文春の記者に「引退会見を聞いてどう感じた?」という投げかけをして、記者から得られたコメントを伝えていました。

曰く、

記事には絶対の自信があります。それ以上に、小室さん引退という本意ではない結果になって残念

だそうです。

では、「今回の報道における『本意』とは何だったのか」も是非教えていただきたいワケですが、そこらへんについては次回にでも。