コロナ禍 第三波をめぐる雑感。

コロナ禍 第三波をめぐる雑感。 by konmaru
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今年も残すところあと1週間あまり。

昨年の12月31日に、WHO(世界保健機関)の中国事務所に初めて感染報告がされてからもうすぐ丸1年です。

日本国内での感染拡大に歯止めがかからない不穏な年末ではありますが、いろいろと思うところもあり、ちょっとまとめておこうと思います。

 

現在の感染拡大を、メディアが躊躇なく「第三波」と呼ぶことについて。

夏頃の「第二波」の際には、「政府は第二波とは認めていない」「いや、どうみても春先よりも感染者数が多いのだから第二波に決まっている」「しかし公式に感染拡大の波をどう呼ぶかの定義はない。現状までをひっくるめて第一波なのかもしれない」などの声があり、メディアでは「いわゆる『第二波』」のような煮え切らない表現が流通していたように記憶しています。

ところが、この冬の感染拡大を報じるときに、躊躇しながら「第三波」と呼んでいるふしは全く見受けられません。どのメディアも大手を振って「ダイサンパ」と言ってますから。

政府筋・官邸方面も、もはや感染拡大の呼称についてあれやこれやと注文をつける余裕がなくなっているのかもしれませんし、逆に「呼びたければ好きに呼べばいいじゃん、もう」と開き直っているのかもしれません。

だからどうした、という話かもしれませんが、私はこの辺に「霞ヶ関官僚のプライド」というか「無謬性」の闇を感じてしまいます。

 

「マスク効果」の是非について。

日本国内で感染者が確認されて以降、「マスクに効果がある vs ない」「ウィルスはマスク繊維のすき間に比べたらめちゃくちゃ小さいのだから無意味 vs 大量のウイルスを含む大きな飛沫をガードできるのだから付けるべき」「スーパーコンピュータのシミュレーションでもかなりのウイルス飛散を防げている vs けっこう漏れてるじゃん」などと、まさに“口角泡を飛ばす”議論が展開されてきました。

で、12月4日の菅首相の記者会見で、国民に感染対策の徹底を求めるくだりにおいて首相自らが「科学的にも効果が立証されているマスクの着用」と発言なさっています。

つまり、日本政府のトップが「マスクは科学的に効果があるのだ」と認めたということになります。

実際、内閣府の「新型コロナウイルス感染症対策」サイトでも「マスクの効果」に関するページを用意し、東大の研究結果などを引用しながらマスクの適切な着用を推奨しています。↓

新型コロナウイルス感染症対策サイト

また、厚生労働省のサイトでも「感染リスクが高まる『5つの場面』」の1つとして「マスクなしでの会話」を挙げるとともに、「いつでもマスク!」「静かなマスク会食」を呼びかけたりしています。

このように、政府は今でこそ“マスクをしよう国民運動”を展開しているようにも見えますが、当初は厚生労働省あたりはマスクの効果を疑っていた(あるいは重要視していなかった)んじゃないかと私は推察しています。

実際、厚労省が作成した当初の啓発資料などでは、マスク着用は「咳エチケット」の一環として説明されています。( → たとえば、このPDFとか)

つまり、マスク着用はあたかも「食事中にゲップをするのはNG」とか「ニンニクを食べたらしっかり歯を磨いて、お口の匂いに気をつけましょう」というのと同様の、「エチケットの問題」に“矮小化”されていたということなんだと思います。

これでは「乗り物などの密な空間でマスク着用する・しない」で言い争いや揉め事がおきるのも当然であります。だって、国がマスク着用を「エチケット呼ばわり」しているんですから。(今でも完璧に改まっている感じはしません)

要するに「当初国がマスク着用について中途半端なメッセージしか出さなかったからこそ、市中のあちこちで国民同士のいざこざが頻発する事態を招いた」と言えるんじゃないかと。

首相が「マスクは科学的に効果あり」と言い切ったわけですから、政府各位にはもっと強烈にマスク着用を呼びかけておいていただければと思います。(さもないと、日本でもアメリカのように“マスクをする・しない”が政治的分断の象徴になりかねないと危惧します)

 

「陽性者数ではなく重症者数・死者数こそが重要」という声はいまどこに?

↑誰とは申しませんが、“第二波がやってくるかどうか”という夏頃に、メディアでこんな主張をなさる人がけっこういらっしゃいました。

  • 陽性者数が増えた、100人を超えたとかで一喜一憂するのは間違い。

  • 検査数が増えれば陽性者数だって増えるのだ。(「検査を増やすことで恣意的に陽性者数を増やせる」というニュアンスも含まれていたように思います)

  • 見るべきは重症者や死亡者の数。これは基準が明確だし信頼できる。問題はここが増えるかどうか。陽性者数だけで騒ぐ必要なし。

これを善意に解釈すれば「陽性者の総数だけでなく、地域別・年齢別に、さらには重症者数・死亡者数もセットで報じるべき」という主張も含まれているのでしょうから、その意味では私も賛成ではあります。

がしかし、私はこれらの意見に対しては当時から「高齢層を中心に、感染者の一定割合が発症し、その中のさらに一定割合が重症化し、そして不幸にして亡くなるらしいので、分母となる陽性者(≒感染者)の増減を気にしないわけにはいかないんじゃないの? なぜこの人は陽性者数を軽視するようなことを敢えておっしゃるのだろうか?」と不思議でなりませんでした。

で、2020年12月現在。

陽性者数の増加に呼応して重症者数・死亡者数が増え、「通常の医療体制までがひっ迫している」と医療関係団体が悲鳴をあげているわけです。

事ここに至っては、「陽性者数が増えただけで騒ぐな」と言わんばかりだった方々が今何を思っていらっしゃるのか、ぜひ発信していただきたいところです。

(最近は、一部に「若い人は重症化しないし死なない。死ぬのは基礎疾患を持つ年寄りばかり。それはもう寿命と考えるべきで、こんなことで経済を止めて若者を死なせるな」という意見もあるようです。おそらくそのような方々は「年寄りの分の重症者数や死亡者数は気にするな」と、極めて限定的に考えていらっしゃるのかもしれません。まぁ、いろんな意見があるものです)

 

「旧日本軍になぞらえる」ことについて。

日本政府のコロナウイルス対策に関して「科学的根拠に基づかず、“反知性”的な態度で望み、希望的・楽観的観測だけで中途半端な対策を小出しにする姿勢は、旧日本軍のメンタリティ・行動様式と同じであり、戦争に負けた反省が全く活かされていない。戦後70年近くも経ったのに!」と憤っている方がいらっしゃいます。

私も「なるほど、確かに何にも変わっていないかもなぁ」と思わないでもありませんが、だからこそ異論を述べるとすれば、「旧日本軍とか第二次世界大戦のあれやこれやに、敢えてたとえないほうがいいんじゃないか」と、私は思います。

なぞらえたくなる気持ちは分かるのですが、戦時体制とか軍部になぞらえた瞬間に“一部の人々からの過剰な反応や反発”を招き、そのあとの生産的な議論につながらないような気がするのです。そういう“思想的な対決”をしている余裕は、あんまりないんじゃないでしょうか。平時じゃないんで…。

過去の何かと対比しながら問題提起するのであれば、私はむしろ「台湾や韓国の(これまでの)感染対策が日本よりもうまくいっているのは、2003年のSARSや2015年のMERSに苦しめられた経験があったせいで、それ以降、両国は感染症対応を徹底的に準備してきた。日本は幸か不幸かSARS・MERSの被害は小さかった」というもっともらしい解説のほうを問題視すべきではないかと思います。

というのも、もしこの説明がその通りなら、今回の新型コロナウイルスで両国よりも大きな被害を被った日本は、次の感染症の蔓延に向けて、遅ればせながら万全な体制を敷いてくれるはずなのでしょうが、私は直感的に「日本は、過去の台湾・韓国のような徹底対策を、コロナ禍が収束した後でもやらないし、やれない。ますます両国との差が開くんじゃないか」と想像しちゃってます。

何十年も前の戦前・戦中の軍部の行動様式にたとえるよりも、まず「十数年前の近隣諸国と同じような姿勢で感染症対策が作れるのか、日本?」というあたりから“地に足のついた振り返り”をお願いしたいところです。

 

「感染抑制」と「経済」はホントに対立概念なのか?

↑折に触れ、こんなことを考えてみたりするのですが、凡人の私には名案が浮かぶはずもありません。

ところが世の中には頭のいい人がいるもので…、

  • 新型コロナ対策を『感染抑制』と『経済活動再開』のジレンマ(トレードオフ)にしてしまったから、対策がうまくいかないのだ。

  • そこで「3つの条件を同時に満たすことができない“トリレンマ”」で発想してみよう。

  • すると、あるひとつの条件さえあきらめれば『感染抑制』と『経済活動再開』の2条件は満たせるのだ。

  • その“あきらめるべき条件”とは「プライバシー保護」である。

とおっしゃってます。(しかも4ヶ月も前に…)

たしかに、「今よりも大規模に(かつ義務的に?)検査して、陽性者には宿泊療養施設での滞在や自宅隔離を義務づけ」れば、数週間もすれば確実に陽性者数は減り、陰性者は旅行でも会食でもバンバンやって経済を回すことができるのかもしれません。

あとは、国民がどのへんまでの「プライバシー保護をあきらめられるかどうか」だと思いますが、立法府で働く方々は、(自分たちだけ会食してないで)そのへんについてそろそろ問題提起すべきかもしんないですね。

くわしくはこちらをどうぞ。↓

世の中の仕組みと人生のデザイン l 橘 玲 | DPM(ダイヤモンド・プレミアム・メールマガジン)
作家・橘玲氏が、投資、資産運用など金融市場を含めた「世の中の仕組み」の中で、いかに楽しく(賢く)生きるか(人生のデザイン)をメルマガで伝えます。ブログや書籍ではわからない、今の思考をお届けします。

 

そんなこんなで思いのほか長文になり、失礼しました。

 

 

 
 

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