先日、とある「ひなびた温泉宿」で日帰り入浴をしてきました。
この温泉が『日本秘湯を守る会』の会員宿だったことを、私は実際に訪問してから初めて知りました。
ちなみにこの『日本秘湯を守る会』ですが、私はこれまで「秘湯愛好者たちが勝手連的に組織を作り、あくまで秘湯愛好者の立場から『そこが秘湯かどうか』を審査・判定し、温泉宿に対して認定状と目印の提灯を進呈している」のかと思っていました。
しかし公式サイトによると、この会は「温泉宿によって組織されている」ようですので、ある意味「全国のひなびた温泉宿による業界団体」という側面があるようです。
ではさっそく、私が実際に訪問した「秘湯旅館」を、写真とともにご紹介してみます。
まずは、正面玄関です。
館内には、「秘湯を守る会」の会員宿の証である提灯が飾ってありました。
2階建の本館内にある木製階段です。
本館内の廊下の一部です。
何箇所かある「内風呂」のひとつです。当然、男湯です。
(誰も入浴していないことを確認した上で撮らせていただきました)
売店では、「日本秘湯を守る会」のポスターも売られていました。
正面玄関を入ってすぐ横にあるフロント(というか帳場というか)のカウンター上に、「ネコを形どった置き物」がいくつも並べてありました。
ほどなくして「ネコ推し」の理由が分かりました。
この秘湯の宿には2匹の「マスコット・ ニャンコ」が飼われているようなのです。
先ほどの「クロ」の写真の上には、こんな吹き出しがありました。
「ちょっとだけ人見知りなニャンコ」なんだそうです。
このマスコット・ニャンコは、しばしば地元テレビ局などに取材されたこともあるようで、来館客の多くが、帳場に立つ「ご婦人従業員さん」に対して
「ネコはどこですか?」
「今はいないんですか?」
と尋ねておりました。
すると、60代半ばぐらいと思われるこのご婦人従業員は、その都度(ちょっとだけメンドくさそうに)
「だいたい普段は、あそこにいて、じっとして寝てるんですよね」
と、帳場の背後の高い場所を指差します。
天井に挟まれるような形で横たわるニャンコの姿が、かろうじて拝めました。
残念ながら彼女が「クロ」なのか「モモ」なのか、最後まで確認できませんでした。
実はこの秘湯の宿、「ちょっとだけ人見知り」なのは「モモとクロ」だけでなく、この日帳場に立っていたご婦人従業員も、かなりの「ちょっとだけ人見知り」なお方とお見受けした次第です。
たとえば、この帳場は、すぐ横にある売店の会計を兼ねているのですが、誰がどんな商品(土産物だったり飲み物だったり)を帳場に持って行っても
「はい。
はい。
254円です。
はい。
46円のお釣りです」
というような受け応えしかしてくれないのです。
つまり、通常必ず添えられる「ありがとうございました」的な謝辞を全くといっていいほど発してもらえないのです。
また、日帰り入浴者へのサービスとして、入館時に渡される券と引き換えに「温泉たまご」もしくは「ヤクルト」が無料でふるまわれるのですが、その引き換え時のやりとりも、実に素っ気ないものでした。
温泉たまごは、帳場のカウンター上のカゴの中にありますので、それを欲しい人は帳場越しにご婦人従業員に対して引換券を差し出しながら「温泉たまご、2個下さい」と所望するのですが、このご婦人は、
「はい」
と言って券を受け取るだけで、「こちら(のカゴ)からどうぞ」とか「ありがとうございます」などとは絶対におっしゃって下さいません。
さらにヤクルトの希望者が来ると、これまた
「はい」
とだけ言って帳場を離れ、数メートル先にある「ドリンク冷蔵庫」の扉を開けて必要数分のヤクルトを取り出し、またもや
「はい」
とだけ言いながらヤクルトを客に手渡し、帳場へ戻るのです。
帳場へ戻った直後に、次の客からまたもや「ヤクルト下さい」と言われることもあるわけで、そうすると
「はい」
と言って冷蔵庫へ向かい、
「はい」
と言って手渡す行動を繰り返したりもしていました。
年齢の面もあるのでしょう、多少億劫がっている様子も見受けられましたが、上記の「ヤクルトピックアップ移動」や「ニャンコの居どころに関する質問」がどれだけ繰り返されても、ご婦人の中で「あーメンドくさい」という感情が増幅してくる様子は特に見受けられず、ただ淡々と、そしてひたすら素っ気なく帳場の業務をこなしていらっしゃいました。
おそらくこのご婦人従業員は、無愛想なのではなく、「クロちゃん・モモちゃん」同様「ちょっとだけ人見知り」なんだと感じました。
私は無愛想なサービス業従事者は好きになれませんが、「ちょっとだけ人見知り」なサービス業従事者には、むしろ好感に近い感情を抱いてしまいます。
ある意味、このひなびた「秘湯の宿」にこそふさわしいご婦人従業員なのかもしれないと思ったほどです。
私が彼女を気に入るきっかけとなったエピソードをもうひとつだけ。
お風呂上がりの(都会から来たと思しき50歳前後の)女性客が一人で帳場を訪れ、「すいませーん、温泉たまご下さーい」と、フランクなトーンで発注宣言をしたときのことです。
ご婦人従業員は、例のごとく
「はい」
と素っ気なく引換券を受け取ります。
すると女性客はカウンター上にあるカゴの中から温泉たまごを取り出しながら、明るいフランクな口調で、
「これって、どうやって食べるんだろう?」
と、独り言を発したのです。
温泉成分によって殻が灰色に変色しているとはいえ、実体は普通のゆでたまごなのですから、皮をむいて頬張ればいいだけの話です。
「殻はどこに捨てればいいの?」とか「味は付いているの?」とかだったらまだ分かるのですが、よりによって「ゆでたまごの食べ方が分からない」というような変化球を投げたら、それを受け止める「ちょっとだけ人見知りなご婦人従業員」が困惑してしまうのではないかと、横で見ていた私は、気が気ではありませんでした。
しかし、その心配は杞憂に終わりました。
ご婦人従業員は、「どうやって食べるか」について、何も反応しなかったのです。さすがです。
するとフランクな女性客、「今度こそ教えていただくわよ」とばかりに、次の質問をご婦人従業員に明るくぶつけたのです。
「これって、このまま食べるんですか?」
横にいた私には「この温泉卵、外側の灰色の硬い部分(要するに殻)も食べられるのか」と尋ねているようにしか聞こえませんでしたし、「ご婦人従業員」にも同様に聞こえたらしく、
「えっ!?」
とだけ発したあと、固まってしまいました。
女性客はその後、固まった「ご婦人従業員」を放置して、「まぁ、いいか」的なノリで帳場を離れて行きました。
私の前を横切る際に「塩ってあるのかなぁ」とつぶやいたので、「休憩スペースのお座敷に行けば塩がありますよ」とだけ教えてはあげましたが。
「これってどうやって食べるんだろう?」と言われた段階で何らかのレスポンスをするなり、「お塩はあちらのお座敷にありますからね」などの声かけさえしておけば、ご婦人従業員も石のように固まることにならずに済んだと思いますが、まぁ、そういう「気の利いた・当意即妙で・臨機応変な対応」をすること自体が「ちょっとだけ人見知り」だと難しいのかもしれません。
でもここは、ひなびた秘湯です。
『日本秘湯を守る会』の会員宿です。
ちょっとだけ人見知りのご婦人による「素っ気ない接客」があってもいいと思いますし、むしろ都会の大ホテルのコンシェルジュのような完璧で上品な接客をされてしまっては、秘湯感など台無しになってしまいかねません。
またいつか、寄らせていただきたいものです。
それまでどうか、クロもモモも、そしてこのご婦人従業員さんも、ぜひお元気で。
余談ですが、正面玄関に向かって左手に、温泉を流し込む大きな桶がありました。
おそらくここで例の温泉たまごを茹でているのではないでしょうか。
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