こんな「天才」でした。【博士と彼女のセオリー】

ハードディスクレコーダー、とりわけ「全録マシン」と呼ばれるレコーダーを買ったりすると、いつでも見られる安心感があるだけでなく、予約という行為が不要にもなるため、「この番組はキープしておこう、あの番組もいつか見るかもしれない」など、ユーザーの貧乏臭さ度合いによっては未視聴番組がどんどん積み上がっていってしまいがちです。(私のことです)

昨日、ちょっと時間が空いたのでハードディスクのお掃除を兼ねて録画リストをチェックしていたら『博士と彼女のセオリー』というイギリス映画が目にとまりました。

以前、この映画の何かが気になってキープしておいたものなのですが、映画のタイトルからだけでは「なんでキープしたんだっけ?>自分」という情けない状態だったので、とりあえず再生を始めてみたところ、これは、今月14日に76歳で亡くなった理論物理学者、スティーブン・ホーキング博士の伝記映画だったことに気づきました。

私自身は超・文系の人間ですが、なぜか理系の研究者の業績とか言動に惹かれる面がありまして、ホーキング博士はその筆頭だったりします。

彼が発表した「ブラックホールの特異点定理がいかほどにスゴい理論なのかとか、アインシュタイン博士「一般相対性理論」と何が違うのかなど、全く理解できておりませんが、難病に冒されながらも宇宙の秘密を解き明かそうとする情熱や、

「過去に戻るタイムマシンは(開発)不可能」

「良い結果をもたらさないから、人類は宇宙人とコンタクトをとるべきではない」

といった、一般人にも分かりやすい彼の生前のメッセージには、いたく刺激を受けたりしてきたものです。

(「結論が分かりやすい」のであって、そこに至る思考プロセスが分かっているわけではありません。(・_・;))

で、「そうそう、ホーキング博士の半生を綴った映画だからキープしてたんだっけ。先日亡くなってしまったこともあるし」ということで、冥福を祈りつつ、全編を見てみました。

何をどこまで書くとネタバレの誹りを受けてしまうのか定かでありませんが、感じたことを箇条書きでまとめてみます。

主演のエディ・レッドメインの演技はスゴい

↑この見出しの通りです。

徐々に難病が進行する様子や、人工音声による意思伝達端末機がセットされた車椅子で移動し、機械語がスピーチするかたわらでいたずらっ子のように微笑むホーキング博士を、この俳優さんは実にうまく演じていました。

病気の症状や動作障害をまねるだけでなく、ユーモアあふれる博士のお茶目なキャラクターも実に自然に表現できていました。

演技が素晴らしすぎて、彼が映画『レ・ミゼラブル』にも出演していたことを全く思い出せないぐらいでした。w

第87回アカデミー賞で主演男優賞を受賞したのも当然の結果と言えるでしょう。

映画を見ても、博士の理論を理解できたりはしません

最初からそういうことを期待して見る人は少ないと思いますが、私がそうだったように「うまくすればブラックホールのウンチクでも語れるようになるかも」というイヤラシイ魂胆を秘めながら見ると、そこは期待がはずれると思います。

本作のような「天才的な学者が、病と格闘しながら、家族や周囲の人々に支えられて、後世に残る偉業を成し遂げる」というストーリーは、同じく天才的な数学者ジョン・ナッシュの半生を描いた映画『ビューティフル・マインド』(ジョン・ハワード監督、ラッセル・クロウ主演)と共通性がありますが、両作品を見比べて「あぁ、天才って大変なんだなぁ。自分は凡人でよかったなぁ」と感慨にふけるのも一興ではないでしょうか。

ちなみに、私は『ビューティフル・マインド』の方が泣けました。泣ければいいというワケでもないですが。

(さらにちなみに、ホーキング博士は、自分が題材となったこの映画を生前に鑑賞し、涙を流したそうです。さぞやいろんな想いが詰まった涙だったことでしょう。。)

想像以上に「男と女の話」だった

ウィキペディアなどでホーキング博士の略歴を見れば分かるのですが、博士は学生時代から付き合っていた最初の奥さんと離婚し、その後再婚しています。

この映画では、「発病前に博士と知り合い、不治の病が発症してもなお彼を愛し続けて結婚まで至った最初の奥さん」と「病気が進行して博士の体の自由が奪われた後で知り合った2番目の奥さん」の話が主軸となっています。

ネタバレしない程度に感想を一言で表現すると、「ホーキング博士、あなたも男だったってことですか」という感じになります。

↑こう書くと、非常に下世話な感じがしますが、「天才科学者であるがゆえ、体が不自由であるがゆえ、愛に真摯に向き合い、真摯に苦悩する一人の男の姿」がよく描けていたと思います。

そんなこんなで、あとはぜひご自分の眼でご堪能下さい。