こんな「鹿島神宮」でした。

先月、全国にある鹿島神社の総本社である「鹿島神宮」に行ってきました。

ここは、皇紀元年(紀元前660年!)に初代天皇の神武天皇が創建したんだそうです。

御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)。

要するに、非常に由緒正しい神社だということです。

参道正面の大鳥居

鳥居は木造っぽかったです。デカい。

境内の案内図。

広い敷地。

御祭神の説明。

皇紀元年に創建されたということは、創建されてから今年で2678年目を迎えるということです。思わず「ホントか?」と言いたくなりますが、とにかく歴史のある神社であることは確かなんだと思います。

重要文化財の楼門

かっこいい。

これは、1634年水戸黄門のお父様が奉納されたそうです。

解説文に出てくる人物が、ことごとくビッグネーム過ぎます。

と思えば、こんな看板も。

徳川5代将軍の綱吉公がご覧になったら怒りそうなお触れ書きですね。

奥参道にあった石燈籠。

日没前の西陽が、いい感じで当たっていました。

これは、別の石燈籠。

木漏れ日がピンスポットのように当たってます。石燈籠のシルエットがカッコいいです。鹿島神宮で撮影した中で、1番のお気に入り写真です。

こちらが本殿です。これも重要文化財です。

これは、徳川2代将軍の秀忠公が奉納したそうです。これまたビッグネーム。

鬱蒼とした奥参道

根っこがスゴいことになってます。

こんな古木がいっぱい生えてます。

根っこのクセが強いんじゃ。

誰もいないところを狙って撮影。

日没後に一人で歩くのは、ちょっと勇気が要りそうです。

木々の根元にはシダなんかも生えてました。

手前と奥の木の根っこが絡み合って、まるで「貝殻手つなぎ」のようです。

さざれ石」を発見。

鎌足桜も気になりますが。

これが「さざれ石」です。

傍らには、日の丸をかたどった石版も。

君が代」に出てくる「さざれ石」の解説がありました。

さざれ石自体は日本各地にあって、「君が代」の歌詞の由来になっているのは岐阜県揖斐川町にあるさざれ石だそうです。

ふたたび「犬はご法度」のお触れ書きが。

犬より鹿を優先。「鹿島」だからでしょうか。

ということで、鹿園の鹿。

右側に集中しているのは、そこでエサを与えられているからです。食い終わったらとっとと奥の小屋に引っ込んでしまいました。ちょっと愛想のない鹿さんたちでした。

さらに奥参道を進むと、今度は「奥宮」が。

さすが茨城県、「Presented by HITACHI」な看板です。

奥宮」登場。

苔むした屋根がカッコいいです。

これまた重要文化財とのこと。

ひたすら歴史を感じさせます。

それもそのはず、これは徳川初代将軍の家康公が奉納したんだそうです。

超・ビッグネームのおでまし。スゴすぎます。

今度は「要石」です。

水戸の黄門様が7日7晩掘り起こささせても掘りきれなかったんだとか。

柵の中に要石があるのですが、地面から数センチほど顔を出す程度の石でした。

この石が「地震を抑えている」そうです。地震活動が活発化している昨今、もっと頑張って欲しいものです。応援してます。

鹿島の七不思議

非科学的と一蹴するのは簡単ですが、こういう伝説があること自体、この神社の長い歴史を感じさせます。素晴らしい。

と思ったら、鹿島神宮はオリジナルのクレジットカードを発行していて、年会費や利用時のポイントは行事や文化財保護の資金に充てられるそうです。

ちなみに、カードは「お祓い」を受けてから届けられるとのこと。

伝統とモダンの融合。

歴史ある神社は、商売上手でもありました。いいことだと思います。でも発行審査に落ちたら、縁起が悪くてむちゃくちゃ落ち込みそうです。

夕暮れ迫る鳥居。

夕方は参拝者の多い時間帯ではないらしく、落ち着いたいいムードでした。

帰路につこうとカーナビを見たら、海岸が近いことに気づきました。

そこで、時期外れを承知で最寄りの「下津海水浴場」に寄ってみました。

サーフィン客が数組いるぐらいで、実に静かな海岸でした。

海に向かって右岸にはいくつもの風力発電施設が。

羽根が回転しているものは一基ももありませんでした。なぜ?

ここは太平洋なので、海の向こうに太陽が沈むことはありません。

で、陸側を振り向くと、そこには素晴らしい夕焼けがありました。

ビューティフル。

ということで、信心深くない私のような人間でも、意外に楽しめる鹿島神宮でした。

サッカー観戦のついでに、皆さんも是非。