昨年(2021年12月31日)放送された第72回NHK紅白歌合戦は、その第2部で過去最低視聴率を記録したそうです(関東地区・世帯)。
で、それについてはいろんな人がいろんなメディアやSNSで“理由”を述べていらっしゃいます。
例えば。↓
- コロナがちょっと落ち着いたので外出者が増えた。
- 家にいたけど、テレビではなくネット動画を見ていた。
- 歌手・選曲が若者向けに偏りすぎた。
- ヒット曲が減った。
- 視聴者が、同時配信のNHK+(プラス)やBS4K・8Kでの視聴に分散した。
- 観客席に空席が目立ち、とくに審査員席まわりがスカスカで絵柄が寂しかった。
- 司会に紅組・白組の担当をなくすなど、コンセプト変更が受け入れられなかった。
- 曲が短すぎて物足りない。(特に第1部の曲)
- 三山ひろしのけん玉ギネス記録がじゃま。
- メイン会場の東京国際フォーラム・ホールAのセットが地味。(花と階段のバリエーション&LEDスクリーンのみ)
- 司会の大泉洋がうるさい。(「ブラボー!」とか)
大別すると、「テレビを取り巻く視聴環境の変化」と「紅白というコンテンツ自体への不満」に整理できそうですが、このどちらについてもそれなりに“説得力のある説”と“ない説”が混在しているような気がします。
(たとえば、これまでもNHKさんは紅白視聴率が低下するたびに「(視聴率にカウントされない)BSで視聴する世帯が増えたのではないか」などの見解を表明していたので、“視聴経路の分散説”については、正直「またか」という印象が拭えません)
私個人としても「この歌手、知らない」「この歌、初めて聴いた」「この歌手、いらね」などの好き嫌いはありましたが、そんなものはこれまでにも毎年ありましたし、NHKホール改修中のために会場を変更した以上、「東京国際フォーラムの設備上の制約で大型セットが組めない」とか、「コロナ禍の感染対策と有観客を両立させるためには、出演者・スタッフ・観客が密にならない工夫が必要だった」などの事情もあったでしょうから、過去の紅白と単純に比較してあれこれ批判するのも酷なんじゃないかと思ったりします。
紅白における「事前収録」について
なぜ視聴率が低下したのか、その真の要因は私には分かりませんが、少なくとも“今後の紅白”を考える上では「事前収録部分」の存在は無視できないんじゃないかと思っています。
生放送・生中継でない部分では、画面右上の「LIVE」マークが消されていましたので、その表示・非表示を見ていれば「あ、この歌、事前収録なんだ」ということは簡単に判別できましたし、極めて誠実に(正直に)出したり消したりしていたものと想像します。
以下では、この“事前収録”をいくつかのタイプごとにコメントしてみます。
曲紹介部分に流れるVTR
「このあとの楽曲がどういう背景を持っているのか。どんなアーティストなのか。どういう演出意図があるのか」といったあたりをVTRで紹介するやつです。
そういう紹介をしないと「誰これ? なにこれ?」と迷子になる視聴者が大量発生しかねないからこそやっているんでしょうけれど、中には「MCが普通に生でしゃべればいいだけじゃないの?」という内容もあったように思います。
しかもこのパートの「LIVE」表示・非表示は少々恣意的でありまして、「画面の右下・左下にMCの生の表情をワイプで映せば『LIVE』表示する。ワイプがなければ非表示にする」というルールがどうも存在していたようです。
「生ワイプさえあればLIVEだ」が通用するのだとしたら、「全編を事前収録し、MC陣をずっとワイプで抜く」という“生放送”が成立してしまうような気がします。
オーソドックスな事前収録
「別の場所(NHKのスタジオなど)からだけど、生中継に見えなくもない」ようなタイプがこれです。(今回で言えば薬師丸ひろ子さんのパートです)
特徴は「『LIVE』マークが消えていたからこそ事前収録であることが分かる」という点です。
これは裏を返せば「制作者が不誠実であれば『LIVE』マークを表示して生中継を偽装できる」ということでもあります。
まぁ、偽装発覚時のリスクを考えれば敢えて偽装するメリットも特にないでしょうから、出演者都合・演出都合などの理由でこれからも採用され続けていくパターンなんだと思います。(詳細については後述)
サプライズのための事前収録
藤井風さんの「実家で歌唱 → これは実は事前収録で、直後にメイン会場にサプライズ生登場 → 2曲目を生歌唱」というのがこのパターンです。
2018年の第69回に「1曲目で“スタジオから中継”と見せかけ、2曲目で“NHKホールにサプライズ生登場”」した松任谷由実さんの演出も同様ですが、まぁ、これは許容範囲かと思います。
開き直りの事前収録
今回でいえば水森かおりさんとBUMP OF CHICKENさんのパートが該当すると思います。
水森さんは「曲の前半の“全国探訪映像”を事前収録で → 曲後半を生中継で」というスタイルだったので「サプライズ」タイプに該当すると思われる方もいるかもしれません。
しかし、BUMP OF CHICKENさんの「気仙沼の海岸で真っ昼間にパフォーマンス」と同様、「全国各地に神出鬼没している」水森さんの前半パートも「LIVEなわけがない。もっといえばLIVEだと思ってもらわなくてよい」的な開き直りが感じられます。
「そこまでしてでも、伝えたいものがある」という演出意図だとは思いますが、この“放送時刻無視の事前収録”は、正直ちょっと面食らいました。
緻密な(巧妙な?)事前収録
これは星野源さん(だけ)で見られたケースで、流れはこんな感じです。↓
- ホールAのMC陣とまずは掛け合いトーク。星野さんのポジションは東京国際フォーラムのガラス棟の最上階。(LIVE表示なし。しかし有観客のメイン会場にいるMCと会話する以上、事前収録とは考えにくい)
↓ - ホールAのMC陣カメラに切り替わり、曲紹介。(ここもおそらく生なのに、LIVE表示なし)
↓ - 曲スタート。この間、わずか十数秒なのに、星野さんはガラス棟の最上階から地下階に瞬時移動。(この10分ほど前に同じ場所でYOASOBIさんが生歌唱しており、その時のセットとはガラッと変わっているため、当然ながら星野さんパートは事前収録。もちろんLIVE表示なし)
↓ - 番組エンディング。星野さんはホールAのステージ上に。(フィナーレなので、当然LIVE表示あり)
上記に技術的な不手際がないとすれば、「曲前の生トーク → MCの生紹介 → 事前収録の楽曲」までを一貫して「LIVE」非表示にすることで、“楽曲パートの事前収録の印象”を薄める効果を狙ったんじゃないかと考えていますが、どんなもんでしょうか。
私が何より驚いたのは、番組エンディングで星野さんがステージ上に立っていたことです。
つまり、星野さんは「東京国際フォーラム内にずっといた(いることができた)にも関わらず、楽曲部分は事前収録で対応した」ということになります。
「だったら、セット転換に支障のない“国際フォーラム内の別の場所”から生で歌ってもいいんじゃないの?」とか「普段はオープンスペースになっているガラス棟地下階で、一体いつ収録できたんだろう?」など、いろんな疑問が浮かんでしまいました。
紅白における「パフォーマンス」とは。
紅白に限りませんが、いろんな音楽番組において「○○さんに歌っていただきましょう」ではなく「○○さんのパフォーマンスです」という表現が主流になってきました。
これはおそらく「伴奏が事前録音(カラオケ)」に加えて「歌も事前収録(口パク)」が一般化したため、“歌唱”のニュアンスを極力弱めておきたいという制作サイドなりの誠実さのあらわれなんだと思います。
昨今の音楽業界事情も関係しているのでしょうから、「せめて紅白ぐらいは生で歌ってほしい」という原理主義的な主張をするつもりはありません。
しかし、歴史的な経緯から長年にわたって大晦日に生放送してきた紅白において、事前収録された“パフォーマンス”が手を替え品を替え混ぜ込まれるのって、さすがにご法度なんじゃないかと思います。
このスタイルを無自覚に継続していくと、「だったら、大晦日じゃなくてもよくね?」「なんなら『SONGS』みたいに、全部収録でもよくね?」的な気運を醸成してしまうんじゃないでしょうか。
ちなみにサンスポさんなどの過去記事によりますと、一昨年(2020年)の紅白終了後、今回同様の事前収録楽曲があったことを明らかにしたNHKさんは、「紅白歌合戦は生放送でずっとやってきたが、さまざまな状況の中で収録しなければいけない演出上の都合が出てきている。どこまでが許されて、どこまでが許されないというものではない」と説明したそうです。
この発言って、私に言わせれば“紅白自体の自己否定”だと思います。
「オープニングのヘリ空撮」とか「高齢者に浸透していないアーティストの紹介」とか「曲紹介」とか「オリパラやSDGsの振り返り」はもちろん、極論すればたとえ全出演者が「口パク」になったとしても、“パフォーマンス”自体はLIVEでないと、クソ忙しい12月31日にわざわざ放送している意味すらなくなるんじゃないでしょうか。
個人的な好みを言わせていただくと「会場の観客はしらけるかもしれないけどメイン会場以外からの中継は可とする。そのかわり“パフォーマンス“ではなく、演奏・歌唱ともLIVEで実演できる出演者に限定する」スタイルがいいんですが、そうなるとPerfumeさんを見られなくなってしまうので(笑)、最大限妥協して「“パフォーマンス”でもいいから、せめてLIVEでやること」という縛りは入れておいてほしいと思います。
Perfumeさんのこれまでのハイテク演出も、生でやるからこそ見ているほうも「すげー」と思うわけであって、これが事前収録となったら、もう“できて当たり前”な感じしか残らないと思います。(そうでなくても、最近はハイテクすぎて「ん? どこがすごい映像だったの?」と気づけないことすらありますから。笑)
これが紅白じゃなければ、私も「(事前収録の分量は)どこまでが許されて、どこまでが許されないというものではない」という考えにも同調できるんですけどねぇ。
まぁ、「生パフォーマンス」に対するこういうこだわり自体が、紅白に“生放送のドタバタ感・ワクワク感・お祭り感”を感じてきた私のような中高年特有の価値観のあらわれなのかも知れませんが。
ということで、「そのうち紅白は、『SONGS』とか『MUSIC FAIR』とかの長尺スペシャル版みたいな番組に変容していくのかもね。もしかしたらNHKさん自身が今みたいな紅白をどう終焉させていくのかを模索しているのかもね。これも“働き方改革”の一環なのかもね」と妄想させてくれるような、そんな2021年の紅白でした。
紅白に関する過去記事などは、こちら。
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