前回の続きです。
話題となっている「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書 『高齢社会における資産形成・管理』」というレポートが、「報告書(案)」の段階からどんなふうに修正されたのか、最もポイントとなると思われる部分を比較してみます。
目次での表記
「報告書(案)」
第2章「基本的な視点及び考え方」内の
(3)自助の充実の必要性
「正式版」
第2章「基本的な視点及び考え方」内の
(3)公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動
※「自助が必要」から「年金+αで生活向上」みたいなノリに変わってます。
本文での表記
「報告書(案)」での小見出し
(3)公的年金だけでは望む生活水準に届かないリスク
「正式版」での小見出し
(3)公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動
※正式版では、目次での表記とキチンと揃えられています。
※一方、案では「望む生活水準に届かない」となっており、人が望む生活水準を一律に規定しているような表現にも読めてしまいます。言いたいことは分かりますが。
1センテンス目
【変更前】
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れない。
【変更後】
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れない。
※修正なし。
2センテンス目
【変更前】
前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。
【変更後】
前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。
※修正なし。
3センテンス目
【変更前】
公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい。
【変更後】
公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していくことを踏まえて、年金制度の持続可能性を担保するためにマクロ経済スライドによる給付水準の調整が進められることとなっている。
※給付水準について、「減る以外、考えられない」というシンプルなトーンから「年金を払い続ける可能性を守るためにマクロ経済スライドで調整してる」というように、二重三重に回りくどい表現に修正されてます。
4センテンス目
【変更前】
今後は、公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある。
【変更後】
(すべて削除)
※「マクロ経済スライドで調整(=減額)しても、満足な生活水準に届く予定だから削除」したのか、「人によって『満足する生活水準が異なる』から削除」したのか、それとも「可能性はゼロじゃないが、そんな不確実なことを書くべきではないから削除」したのか、あるいは「ホントのことだけど刺激が強すぎるから削除」したのか。真相やいかに。
5センテンス目
【変更前】
年金受給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して老後の収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる。
【変更後】
こうした状況を踏まえ、今後は年金受給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して、自らの望む生活水準に照らして必要となる資産や収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる。
※様々な「自助」を行なう前に、どちらもまず「見える化」を推奨しています。
※その上で、「自助」を充実させる判定基準を「老後の収入(つまり年金)では足りないなら」から「あなたの生活レベルを満たすのに足りないなら」へと変えています。
※後者には“ぜいたく・ゆとり”のニュアンスを感じますが、前者は“食べていくだけでやっと”というカツカツの生活感が漂います。
と、あれこれ比較してみましたが、官僚の作文能力は本当に見事なものだと思います。
なんせ、「同等レベルの給付は期待できない」を「マクロ経済スライドで調整するから年金支給は続けられる」という具合に、「支給額の持続」を「制度の持続」へとすり替えちゃうんですから。
ただ、そのせいで、元々の報告書案で言っていた「給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい」という表現が、具体的に何を意味するのかがよく分からなくなってしまいました。
つまり「マクロ経済スライドを採用している以上、今の人口動態のままだと給付水準は減る」と言っているのか、「そのうちマクロ経済スライドですら太刀打ちできなくなり、制度をさらに見直すことになるからマクロ経済スライド以上に減る」と言っているのかが、よく分からないのです。
さらにいえば、「マクロ経済スライドで調整(=減額)する」現行方式のままだとして、その調整が「年金事務所に行って試算してもらう受給見込み額」に反映されているのかいないのかもハッキリしません。
おそらく年金事務所でもらう「年金見込額照会回答票」は、あくまでも現行のスライド調整率が今後も継続する前提でしか算出できないものと推察しますが、だとしたら、そんな試算をいくらしてもらったとしても、「見える化」にはほど遠いんじゃないかという懸念が生まれてくるワケです。
しかも、今年はスライド調整率を見直す「最低でも5年に1回の財政検証」の当たり年なのですが、検証結果や調整率を発表するのは参院選の後になるみたいですし…。
ということで、過去に数回、わざわざ年金事務所で試算してもらった私としては気が気ではないのですが、その辺はまた回を改めます。
【備考:「マクロ経済スライド」とは?】
私の理解内容で要約しときます。
- かつては物価や賃金の上昇に合わせて年金額も上げていた。
- でも現役世代(払う人)が減り、高齢者(もらう人)が増え続けている。
- このままだと現役世代の負担は増える一方。
- そこで、「現役世代と高齢者の人口変動」でスライド調整率を計算する。
- そして、物価・賃金がグンと上昇しても、年金側はスライド調整率を差っ引いた分しか上昇させない。(相対的な減額)
- 物価・賃金が少ししか上昇せず、スライド調整率を差っ引いたらマイナスになる場合は、支給水準は下げない。(本来はわずかにでも上がるべきところ)
- 物価・賃金が下落した場合は、スライド調整率をさらに差っ引くことはしない。ただし、物価・賃金の下落分に応じて支給水準はどのみち下がる。
- つまりマクロ経済スライドとは「少子高齢化が進むほど、年金の減額幅がデカくなる制度」と考えると分かりやすい。(分かっても大して嬉しくないけど)
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