そもそも、なぜ「円満退社」でなければならないのか?

前回、「円満退社のためには、辞意を伝える相手の立場を考えることが大事」というようなことを書かせてもらいましたが、ある筋から「なんで円満退社じゃないといけないの? 円満退社ってそんなに大事?」という問いかけがありました。

実に率直な問いかけです。w

せっかくですので、私の考えをちょっと整理してみます。

これは、「和をもって尊し」とする日本人特有の美徳と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、円満に早期退職した自分の経験から考えても、円満退社の方が得だし気持ちがいいというのが結論になるかと思います。

会社に限りませんが、恨まれたり憎まれたりしながらその場を去るというのは、決して楽しいことではありません。

昔の家族ドラマには「もうお前には我が家の敷居をまたがせないぞ!」という決まりゼリフがありましたが、集団で生活していると構成員同士のちょっとした感情のもつれによって元の居場所に戻りにくくなることは珍しくありません。

そして、原因がどんなに些細なことであってもそれが尾を引いてしまい、関係修復が極めて難しくなることも多々あります。

血のつながった家族同士ですらそうなのですから、赤の他人同士で構成されている会社組織ではなおのこと「え? あいつ? あんなふうに辞めてったヤツなんて、知っちゃこっちゃないよね〜」という事態になりがちなのです。

では「元の居場所に戻る(復職する)気がサラサラなければ円満退社でなくてもいいのか」といえば、そんなことはありません。

勤続年数が長ければ長いほど、仕事以外での人間関係(別に恋愛関係に限らず)も築かれますが、退職後にそのような関係は継続できたほうが楽しいですし、社会との接点を保つという意味では精神衛生上も好ましいと思います。

「円満退社ができなかったことが理由で、プライベートでも仲の良かった同僚達と疎遠になってしまうのであれば、それはそれでしょうがないではないか」とか「だったら、違うコミュニティ(学生時代の仲間たちなど)と付き合えばいいし、新しいコミュニティ(地元の趣味活動など)に入れば退屈もしない」という考え方もできるとは思いますが、私の周囲の人々を観察してきた経験から申し上げると、「ここで仲良くできなかったら、他がある」という思考回路の方々には、「ここでも、よそでも要らぬ摩擦を生みがち」なタイプの人が多いという印象があります。

円満退社をすれば人間関係が万事ウマくいくということもないでしょうが、人付き合いのしかた、もっと大げさに言うと自分の人格形成のためにも円満退社はいい勉強になると思います。

「50歳近くになって、今さら人格形成とか、ナニ青臭いこと言ってんの?」と感じる方もいらっしゃるでしょうけど、この歳になったからこそ力説しますが、人間、いくつになっても反省も成長もできるのです。本当です。

さらに言えば、前職の皆さんに、いつ、どこで、どんな形でバッタリ再会するかも分かりません。

そう考えると、いかなる時・いかなる場所で関係が復活してもお互いがギクシャクせずにすむほうが生きやすいと思うのです。

想像以上に日本は狭いですから。w

(「SNSがあるから世界中の人と新しい関係を作れるし〜。それに比べたら円満退社とかそういう狭い関係なんてどうでもいいし〜」と考えるむきもおありでしょうが、それでリア充になれる人はそれでもいいかもしれませんけど、私はそうではありませんでした。)

「円満退社でなければならない(私なりの)理由」は以上なのですが、その唯一かつ最大の難点・デメリットは「ていねいに話を進めなければならないので、辞めるまでに時間がかかる」という点です。

このへんは、また改めて。