宮沢賢治ツアー報告の4回目は、鉛(なまり)温泉にある唯一の一軒宿、藤三旅館(ふじさんりょかん)です。
場所はこちら。
この旅館には深さ1.25メートルの(自噴としては日本一深いらしい)岩風呂があり、立って浸かるスタイルが名物になっているんだそうです。
そして、賢治先生は生前、旅館を経営する藤井家と縁戚関係だったこともあり、よくここを訪れたそうですし、童話『なめとこ山の熊』の中にも温泉名が登場していたりもします。(←いずれも当旅館の公式サイトからの情報)
そういうわけで、賢治先生が愛した温泉旅館を体験することも彼の作品世界を理解する上では重要なプロセスになるはずですから、あくまで研究・学習目的で訪問してきました。
主眼は研究です。物見遊山・休養のためではありません。
ということで、到着。旅館部と湯治部で行く方向が異なりますが、お風呂は共通ですし、趣のある木造本館は旅館部らしいので、左に進むことにしました。(奥に本館が見えます)
旅館に下る坂の手前にある藤友商店さん。旅館を経営する藤井家に寄り添う気持ちが込められたかのような店名ですが、営業している気配はありませんでした。
日帰り入浴は、大人700円、子供500円です。
慶応2年(1866年!)に詠まれ描かれた『鉛八景画帳』の紹介看板。
50メートルほど坂道を下ると本館に着きます。昭和16年建築、ケヤキ造りの3階建です。渋い。
正面玄関。湯婆婆(ゆばーば)が棲んでいそうな佇まい。
玄関を入った正面ホールは、こんな感じ。
例の「深さ1.25メートルの立って浸かる浴槽」の写真が飾られてます。この「白猿の湯」の他、全部で4つの浴場があるとのこと。しかも源泉が5本。おまけに「沸かさず(加熱)、薄めず(加水)、循環させず(かけ流し)」だそうです。これは期待大ですね。
階段前から玄関側に振り返ると、こんな眺めです。
玄関に向かって右側には、建築当時の風情ある造りが残る「寛ぎ処」。
左側には「藤三売店」と、その奥に帳場(フロント)がありました。
藤三売店の向かいにはロビーがあって、ソファーやテレビの他、ここには写っていませんが喫煙ルームも設えられています。
窓側に向いたソファーに座れば、豊沢川のせせらぎを聴きながら湯上がりの休憩をとることができます。賢治先生についての思索を深めることができます。
では、ロビーと藤三売店の間を抜けて「白猿の湯」へと向かいましょう。
老舗の「温泉遺産」にふさわしい、長く続く薄暗い廊下を進みます。
廊下は続く。
すると、突き当りの手前に右折の案内を発見。
またもや廊下が続きます。わずかに右に曲がる味わい深い廊下。
と思ったら、今度は暗闇の向こうでわずかに左に曲がる廊下。
ようやく「白猿の湯」の浴場が見下ろせるすりガラス窓まで到着しました。(覗き見になってしまうので、窓を開けるのは禁止です)
「白猿の湯」は、いかにも秘湯らしく、今も混浴が基本です。
しかも時間帯によっては「女性専用」になったりもします。
ただし「男性専用タイム」はありませんから、男性は常に混浴になるリスク(期待?)を背負って入浴することになるのです。
で、「女性専用」になるまであと30分ほどしかなかったので、少々焦りながら入室することにしました。
<ここから先のご注意とおことわり>
引き戸には「浴室内はすべて撮影禁止」の張り紙があります。
と同時に「どうしても撮影したい人は、フロントまで申し出るように」との一文も添えられていました。
とは言え、他の入浴客がいたら撮影を躊躇してしまうのが人情ですし、仮に自分が先に入浴していたとしたら、それなりの配慮をしてもらったとしてもやはり「撮られたくない」というのが正直なところです。
そんなこんなで引き戸を開けると、なんと、浴室内には誰もいないではありませんか。(曜日や時間帯が幸いしたのかも)
そこで私は意を決して帳場(フロント)に戻り、「今は混浴タイムですけど、自分以外、誰もいないんで、もしかしたら浴室内の写真を撮ってもいいですかね…?」と尋ねたところ、スタッフさんから「誰もいないのでしたら、撮っても構いません。ただし誰か入って来たら、すぐにやめて下さい」と、ありがたくも毅然としたお返事をもらいました。
こんな経緯で何枚か撮影させていただいた写真をご紹介します。
★秘湯文化維持のためにも、先客の有無に関わらず無断撮影は絶対にやめましょう。
引き戸を開けた所から撮影。対角線側には「自炊部」方面からの客が降りてくる階段が見えます。私の足元にも「旅館部」側から降りる階段があります。どちらの階段もざっと20段ぐらいありますから、ここは地下を掘り下げた浴場なんだと思います。
ここは「当初は浅い普通の湯船だった。年月とともに掘り進めていった結果、こうなった」んだそうです。
なぜ「掘り進める」必要があったのかは定かではありませんが、「足下から湧き出すお湯の確保を図るうちに、『地上から半地下へ。やがて地下へ。そして湯船自体も掘り進めて、結局現在の深さ1.25メートルの湯船へ』となっていった」と紹介するテレビ番組を見たような記憶があります。ちょっとおぼろげですが。
(だとしたら、将来、この「白猿の湯」はますます深くなっていくのかもしれません。それはそれで楽しみでもあります)
両側の階段を降りた先には、どちらにもシンプルな脱衣所があります。ほんの気持ち程度の目隠し用衝立もあるのですが、混浴タイムにはここで「オッサンと御婦人が隣り合わせになって服を脱ぐ」シチュエーションがあり得るということです。あり得るけれど、あり得ない…。
ご覧のように、ただでさえ高い天井なので、湯船に浸かりながら見上げると、ここが想像以上に巨大な空間であることを実感できます。まさにワンアンドオンリー。
湯船の底の所どころから温泉が湧き出していますが、特に熱すぎることもなく、実に気持ちの良いお湯でした。賢治先生もさぞや堪能したことでしょう。
で、「女性専用タイムの開始」が迫っていたため、私はバタバタと服を着て退室しましたが、せっかくの温泉をもう少し楽しみたかったので、引き続き男女別の「桂の湯」へ行ってみました。
こちらも男湯には誰もいらっしゃらなかったので、数枚写真を撮らせてもらった次第です。
(結局、2つのお風呂とも、私が入浴している間にやってくるお客さんは1人もいらっしゃいませんでした。ある意味、奇跡かも)
「桂の湯」の男湯側。これは内風呂です。
屋根付きの露天風呂。ロビーから見えた豊沢川がこちらでも見下ろせます。せせらぎの音が心地よいです。
露天風呂の脇の石積み階段を降りると、もうひとつ小振りの湯船がありました。
成人男性なら2人しか入れない程度のサイズです。湯船の水面と川面の高低差が少ないので、川の増水時には水没しちゃうのかもしれません。また、タンポポでしょうかポプラでしょうか、綿毛がけっこう浮いてましたし、先客として働きアリさんが2匹遊泳していたため、私は入るのを遠慮しておきました。
ということで、このユニークな「鉛温泉 藤三旅館」の感想をまとめると、
- 秘湯に来るなら、できれば空いている平日がおススメ。
- 賢治先生が通っていた当時、「白猿の湯」が一体どのくらいの深さだったのかが気になる。
- 賢治先生と一緒に温泉に浸かりながら、創作の秘訣とかを直接聞いてみたかった。
- 私がもっと歳をとったら、湯治部に泊まって共同炊事場でデタラメな料理を自炊しながら1週間ぐらいのんびりしたい。
- その頃には「白猿の湯」がさらに深くなっているかもしれないので、立ち泳ぎの練習をしておいたほうがいいかも。
こんなところです。
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