中居正広氏による元アナウンサー女性Aさんへの性暴力トラブルについて、フジテレビとフジ・メディア・ホールディングスが設置した第三者委員会によって調査報告書が公表され、当ブログでも読後の第一印象的な所感を書かせていただきました。
しかし、その後のマスメディアやネットの反応を見ているうちに、報告書に何度も登場する「プライベート」という言葉の位置付けがだんだん疑問に思えるようになってきました。
「プライベート」記述のおさらい
全273ページの公表版報告書(以下、報告書)では、おおむね「港社長らは“プライベートな男女間のトラブル”と捉え、人権に関わる重大な経営リスクと認識せず、中居氏の番組出演を継続するなど、被害者に寄り添わない対応がフジへの信頼を失わせ、危機的状況を招いた」というようなことが詳細に記述されています。
私は初見の段階から、「プライベートな男女間のトラブルだと捉える」ことが、なぜその後のまずい対応につながるのかが今ひとつ腹落ちしなかったため、報告書に登場する関係者や第三者委員会(以下、委員会)がどういうニュアンスで「プライベート」という言葉を使っているのかを整理してみることにしました。
以下、私の注釈・コメントと共にまとめます。(肩書きは全て当時のもの)
編成局長G氏の認識
まずは、2023年7月13日にアナウンス室長E氏から報告を受けた編成局長G氏から。
(太字や太字カッコ内の注釈は筆者によるものです。またカッコ内のページ数は公表版におけるページ数です)
当委員会のヒアリングによると、G 氏は、E 氏から女性 A が性暴力を受けた旨の報告を受けたが、女性 A が中居氏の自宅に行って 2 人の空間で会ったことから、プライベートにおいて男女間のトラブルになってしまったと認識した、これまでもタレントと女性アナウンサーが交際したり、結婚したりしたので、本事案について人権侵害とはむすびつかなかったと述べている。
しかし、女性 A の心身の状態が悪く、入院に至っているため、自死の危険性を強く恐れたというものであった。
中居氏のマンションになぜ一人で行ったんだろうと考え、他方、心身の状態が悪いため混乱した旨を述べている。(31ページ)
「性暴力を受けた旨の報告」を聞き、被害者の自死の危険性を強く恐れたにもかかわらず、「女性アナウンサーとタレントの交際や結婚の過去事例」を引き合いに出して、プライベートにおける男女間のトラブルだと認識したそうです。うーむ。。
人事局長H氏の認識
G氏と同じ7月13日に、やはりアナウンス室長E氏から報告を受けた人事局長H氏の場合。↓
H 氏は、本事案についてプライベートの問題と認識したが、社員に対する安全配慮義務の問題として捉えるべきであると判断した旨を述べている。
また、女性 A が中居氏に対して刑事告訴する可能性があると認識し、E 氏に対して、中居氏がどのような認識であるか等を尋ねたが、E 氏の回答はあいまいなものであった。(32ページ)
さすが人事の責任者らしく、「ただ事じゃない。裁判沙汰になるほどの大問題だ」と妥当な判断を下していますが、ここでもやはりプライベートの問題と認識されています。
編成部長B氏・編成担当部長J氏の認識
これまた同じ7月13日、中居氏から呼び出されて事態の説明を聞かされたB氏。↓
当委員会のヒアリングにおいて、B 氏は、中居氏が女性 A と連絡先を交換していたこと、2 人で会っていたこと、中居氏から女性 A に対する行為に驚いたが、中居氏の話から、本事案をプライベートにおける男女トラブルと認識した(34ページ)
そして、B氏と一緒に中居氏の事務所に向かった(おそらくB氏の部下にあたる)J氏の認識。↓
J 氏も、タレントやアスリートと女性アナウンサーが交際したり、結婚したりした事例が複数あることもあり、プライベートにおける男女トラブルと認識した旨を述べる。
このように、両名とも、本事案を「プライベート」な事案であると認識した。(34ページ)
マンションでの出来事を中居氏がどう説明したのかは(守秘義務が非解除のためか)書かれていません。
いずれにしても、このお二人は中居氏との直接の仕事仲間だったでしょうから、その関係性を考えれば「こういう認識になった」というよりはむしろ、「こう認識しておきたかった」のかもしれません。
大多専務の認識(というか反応)
2023年8月21日、ついに「本事案をひとりで抱えられなくなった」編成局長G氏は、アナウンス室長E氏を連れて大多専務へ報告。↓
大多専務は同年 7 月に G 氏から、「男女間のトラブルで心を痛めている」として女性 Aというアナウンサーが入院した旨の報告を受けていたが、E 氏から報告された本事案の内容は、CX の番組出演者である中居氏による女性 A に対する性暴力に当たる事実であったため、大多氏は非常に驚き、大ごとだと認識してその場で港社長に電話し、そのまま G 氏、E 氏とともに港社長の部屋に移動した。(38ページ)
7月の「男女間のトラブル」レベルの報告では静観していたように読める点は気になりますが、「その相手が実は大物タレントであり、大事な取引先でもある中居氏だと知って大いに驚き、すぐさま港社長へ報告に向かった」ということなので、ここまでの大多専務の動きはまぁ妥当なものかと思います。
港社長への報告・協議
G編成局長・Eアナウンス室長からの港社長への報告内容。(大多専務も同席)↓
港社長への報告内容は以下のとおりである。
- 女性アナウンサーA と中居氏がトラブルになっている。
- プライベートな案件である。
- トラブルの内容は、女性 A が中居氏の自宅を訪ねて、性暴力を受けた。
- 女性 A は非常に傷ついている状況であり、心身共によくない状況であり、入院している。
- 女性 A は、とにかく誰にも知られたくない、誰にも知られずに自然な形で、今やっている番組に復帰したいと言っている。
- 医師に診てもらっているが、(医師も)危険な状態である(自死の危険性も含めて)と言っている。(39ページ)
そして、社長・専務・G氏・E氏による協議と、それに対する委員会の評価。↓
このように港社長及び大多専務は、G 氏と E 氏の報告内容から、女性 A が性暴力を受けた事実について報告を受けたにもかかわらず、業務時間外での密室での 2 人の間の行為であることから、「プライベートにおける男女トラブル」の事案と認識した。
また、なぜ自宅に行ってしまったのだろうかなどといった話もあった。
本事案についての認識・評価、発言等から、港社長ら 3 名の性暴力に対する無理解と人権意識の低さが見て取れる。(39ページ)
「業務時間外での密室での 2 人の間の行為」自体は、プライベート空間で起きたという意味では、そりゃプライベートなものでしょう。
だからといって「自社の社員が自死しかねないほど危険な状態になる事態を生んだ大物タレントの行為」をありがちな男女トラブル、すなわち痴話喧嘩の類と同列視していたのだとすれば、もはや常識を逸脱しているとしか言えません。
委員会側の評価
以上をふまえた結果、委員会はフジテレビに対して厳しい評価をするわけですが、その中から「プライベート」という単語が含まれる部分をいくつか引用します。↓
当委員会のヒアリングにおいて、港社長、大多専務及び G 氏、E 氏その他 CX 役職員の多くは、本事案について「プライベート」で起こった問題であると述べており、その理由として、業務時間外に、中居氏の家で、同氏と女性 A の 2 人の間で起こったことであることを挙げる。
しかし、当委員会は、本事案が CX の「業務の延長線上」で発生したと考える。(53ページ)
「業務の延長線上」と判断した理由のくだり。↓
中居氏と女性 A は、CX の番組共演で接点を持ち、番組共演者として業務上の関係性があったが、両者は交際しておらず、プライベートにおける関係はなかった。(53ページ)
さらに。↓
中居氏が女性 A を食事に誘うショートメールには、「メンバーの声かけてます」という記載があるなど、B 氏を含む CX 関係者も参加すると思わせるような内容になっており、中居氏と女性 A との間のプライベートな食事(いわゆるデート)であることを思わせる記載内容は含まれない。
本事案において、女性 A が、当該食事は業務の延長線上であるとの認識を持つことは自然である。(53ページ)
その上で。↓
本事案の報告を受けた港社長ら 3 名は、本事案の 2 日前に行われた BBQ の会に女性 Aが参加していた事実を認識していなかったが、番組出演者である中居氏と CX アナウンサーである女性 A の関係性が番組共演を通じたものであることは十分に認識可能であった。
したがって、少なくとも本事案を「プライベートの問題」と即断するのではなく、業務の延長線上の行為である可能性を認識して本事案について必要な事実確認をしたうえで対応を検討し、意思決定を行うことが適切であった。
本事案への対応を通じて、CX が本事案を「プライベートの問題」と認識していることが女性 A に伝わり、「会社は守ってくれない」「会社から切り離された」として孤独感、孤立感を感じさせたものであり、被害者ケア・救済の観点からも不十分な対応であった。(54ページ)
そして。↓
港社長、大多専務及び G 氏は、女性 A が当初から性暴力を受けた旨を述べており、心身に深刻な症状が出て入院し、自死の危険性があること等の事実を認識していたのであるから、本事案において女性 A が中居氏によって性暴力を受けた疑いがあること、CX において重大な人権侵害の問題が発生した可能性があることを十分に認識することができた。
しかし、女性 A が同意して中居氏所有のマンションに行ったこと、中居氏が異なる認識を持っていること等を重視して、本事案を「プライベートな男女間のトラブル」と即断しており、こうした 3 名の誤った認識・評価が、CX における本事案への対応を誤る大きな要因となった。
他にも、
- 本事案を「プライベートな問題」と切り分け、相対的に会社の責任を薄めて考えていた(111ページ)
- プライベートな事案などとは即断できるものではなかった(190ページ)
- (本事案は、旧ジャニーズ問題が顕在化し、社内で検証番組が制作されていた時期と重なっていたのに、)港社長及び G 氏は、2 人とも、性加害に関して人権侵害が問題になるとの認識を示していたものの、本事案は「プライベートにおける男女間のトラブル」と認識しており、旧ジャニーズ事務所問題のような人権侵害の問題と結びつけることができなかったと述べるが、認識不足と言わざるを得ない。(215ページ)
などと、めった打ちにしています。
「プライベート」をめぐる疑問
以上の「プライベート」界隈の記述から浮かんだ疑問をまとめると、だいたい以下のような感じになります。
- 当初「男女間のトラブル」レベルで聞かされていた大多専務は、後日に「その相手が中居氏」と知って(ようやく)驚愕したそうだが、だとすると実は当初こそが「プライベートなトラブル」であり、中居氏が関与したことを知った瞬間からは「業務の延長線上の大問題」だとしっかり理解していたのではないか?(相手が大物取引先だったからこそ驚愕したはず)
なのになぜ「プライベートなトラブル」という矮小化を阻止できなかったのか? - フジテレビ関係者側に「過去の女性アナウンサーと著名人の交際や結婚」を例示する人間がいたし、さらに委員会側も「プライベートな食事(いわゆるデート)」とか「両者は交際しておらず、プライベートにおける関係はなかった」と書いている。
つまりフジも委員会も「プライベートな男女間」=「恋愛・婚姻関係にある男女」と考えていると思われるが、それでいいのだろうか?(なんか、定義が狭すぎる気が…) - 仮に「プライベート」の定義がその通りだとして、恋人間・夫婦間のどちらか(あるいは双方)が鬱症状・摂食障害・PTSD・自傷行為で入院するほどの重大事態となり、それを会社が把握したとしても、恋人間・夫婦間の「プライベートなトラブル」ならば会社は関与しなくていいのか?
- そもそも、性暴力を受けた社員は、もう一方の当事者がよその社員(しかも取引先でもない)の場合でも、勤務する会社のコンプライアンス窓口に相談していいものなのだろうか?
- さらに極論すれば、何らかの風俗サービスを利用して発生した「プライベートな男女間のトラブルや性暴力」を、勤務先のコンプラ窓口に相談していいのか? そして相談に乗ってもらえるのか?
- 情報番組のコメンテーターの中には「取引先や有力者との会食は事前に上司や会社の許可をとらないといけなくなる(が、それでいいのか)」などと言う人もいたが、“会食の事前許可制”が本当に性暴力の抑止になるのだろうか?
などなど。
上記はいずれも「おかしいではないか!」という異議申し立てではなく「こういう時って、どうするのが正解なの?」という自問なので、「こうするのがこれからのデフォルトです」という模範事例などあれば、ぜひ知りたいところです。
※さすがに「風俗サービスで起きたプライベートなトラブル」まで会社のコンプラ窓口に相談されたら会社側もたまったもんじゃないと思う一方で、仮にどんな事情であれ(今回のように)「デスクで突っ伏していた社員に気づいて声をかけたところ、社員は涙を流し始めたので、個室に移動して話を聞く」ぐらいのことはするべきでしょうし、事情を聞いたら「まずは寄り添う。そして仮に社内案件でなかったとしても、話の内容に応じて適切な社外相談窓口を探してあげる」ぐらいはするべきかと思った次第です。
【参考】
内閣府 男女共同参画局さんの「性犯罪・性暴力相談窓口」一覧ページ。
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