親から見た「早期リタイア・早期退職」(5)

「この夏の帰省中、親に言われて気になった言葉」の5回目(これでいったん打ち止めのつもり)です。

ではさっそく、こちら。↓

 

「お前が死んだら、実家の墓に入れ」by 父親

もしかすると、もっと恩着せがましく、
「お前が死んだら、実家の墓に入れてやる
だったかもしれません。

いずれにせよ、「今年80歳になった自分の入る話ならともかく、もう息子の心配かよ?」な話であり、この夏にいろいろ言われた中で最も気になった言葉ではあります。

父親の言い分を(私なりの忖度も含め)総合的に解釈すると…、

  • 自分(=父親)が入ることを想定し、我が家の墓所内に、新しい墓石を建ててある。( → 古い墓石も残してあるので、言ってみれば“新旧の二棟建て物件”になってます)
  • 自分が死んだ時には、ああしろ、こうしろ。(←本題からずれるので割愛)
  • お前(=私)の場合、(過去はともかく)所帯も持ってないし跡継ぎもいない。
  • 早期退職もしてしまったし、どうせこのまま歳をとるのだろう。
  • 少なくとも、俺(=父親)はちゃんと所帯も持ったし、お前たちのような子供も作った。( → ここでこれを持ち出したということは「それに比べてお前達ときたら…」というニュアンスが明らかに含まれてますよねw)
  • 死んだ後、無縁仏になってはかわいそうだから、俺が建て増しをした「実家の墓」に入ればいい。入れてやる。遠慮するな。

こういうことになるようです。

私はこれまで、自分が死んだら(東京から遠く離れた)実家の墓に入りたいなどと考えたことがなかったので、父親からの突然のオファーをありがたいとは全く思えず、かといって面と向かって「イヤです」と拒否してしまって家庭不和を招くのもバカバカしいので、「なるほどね」とだけ返事しておきました。

 

私の場合、自分が死んだら、無縁仏になろうが共同墓地に埋葬されようが海洋散骨されようが全くこだわりなどありませんし、そもそも子孫(遺族)もいないのですから、お参りしてもらうのが前提の「自分のお墓」の(今のところ)必要性を感じていないのが正直なところです。

それに比べると、私の父の計画的な行動というか段取りのよさというか葬送に関するこだわりの強さには、まったく頭が下がります。

 

ただ、私以外の兄弟姉妹にも(今のところ)跡取りは1人もいないため、20〜30年も経てば“二棟建ての墓”はもちろん、「実家そのもの」が空き家になるんだと思います。

父親は、将来そうなる可能性が極めて高いことを当然承知していると思うのですが、そのとき、父は一体誰にお参りをしてもらいたくて墓石の建て増しをしたのでしょうか…。

まぁ、「まともに所帯も維持できず、の顔も見せられなくて申し訳ない」という気持ちがないわけではありません。ただ、それよりもやはり「今からお墓をこんなに立派にしたところで、墓守りがいなくなるんですけど…」という思いのほうが強いわけでありまして、出来の悪い息子としては何ともいたたまれなくなるお言葉ではありました。

 

  • もしかすると、「孫(=将来の墓守り)を残そうとしない自分の子供たちに対する当てつけ・報復」として墓石を建て増した可能性も捨て切れませんよね。
    「こんな立派な墓があるのに、お前たちは跡取りも残さずによく平気でいられるねぇ」みたいな。
  • そっちの路線に傾きすぎるとミステリー小説みたいになりそうなので、深追いはやめておきます。

 

ということで、このシリーズは、これでいったん終了です。